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沖宮が提言する空手
" 流派を超えて、空手は一つ "
空手は人々の信仰心を磨き、
誠の道へと導く術である
空手の真髄
空手とは、単なる武術や格闘技ではありません。その根底にあるのは、古来より沖縄の生活に息づいてきた「祈り」の精神です。
かつて、私たちの先人は「お天道様が見ている」という倫理観を胸に、誠実に、正しく生きることを尊んできました。その精神が形となったものが空手であり、私たちが提唱する「沖縄道(おきなわどう)」です。
" 空手に先手なし "
この言葉は、単なる防御の技法を指すのではありません。争いを避け、礼を尽くし、誠の道を歩むという「生き方」そのものを表しています。
流派や人種、宗教の壁を越え、平和を願う心でつながる「ONE PRAYER = ONE KARATE」。
ここ沖縄の地で自らの原点を見つめ直し、世界平和のために貢献できる心身を育むこと。それが、私たちが受け継ぎ、伝えていく空手の真髄です。
人は神様から世の為人の為に尽くすべき使命を持って、この世に生まれてきます。
「我がなす業は我がなすにあらず」という表現の通り、人のなすべき道を正しく行い、持って生まれた使命を忠実に尽くすことは、神様からの正しい御教えと御導きによる賜物とされています。
日常において正しく尽くさせてくださいと念願し、尽くさせてくださった事に感謝を捧げる祈りや信仰は、誠の道を開いていくとされています。
流派を超えて、空手は一つ
様々な流派・スタイルを超えて、空手は一つという統一理念があります。空手とは、人々の信仰心を磨き、誠の道へと導く術です。空手に携わる者達が、平和の使者として、世界平和の礎となることが願われています。
